【アベンジャーズ/エンドゲーム】誰もが泣けるあのシーンがお蔵入りになった理由【未公開シーン】
※この記事には、アベンジャーズ/エンドゲームのネタバレが含まれています。
初回限定版のディスクには、未公開シーンやNGシーン等が収録されたボーナスディスクが付属しています。
未公開シーンとは、その映画の中で「省略すべき、もしくは省略しても差し支えないシーン」です。
今まで私が観てきた映画の未公開シーンは「まあ省略されてもしょうがないよね」というシーンばかりでした。
しかし、アベンジャーズ/エンドゲームの未公開シーンでは1つだけ「これを省略するの!?」という、初見でボロ泣きしたシーンがありました。
そのタイトルは「敬意を評して」です。
内容としては、サノス達を指パッチンで葬ったアイアンマン(以下「社長」とする)が亡くなるシーンで、戦闘に参加していたアベンジャーズの皆が膝を付き、社長の死に対して敬意を表明するというものです。
劇中ではキャプテンアメリカとソーが涙を流しているシーンしかありませんでしたが、これに加えてそれぞれのメンバーの悲しげな、かつ自分の力が足りなかったと言わんばかりの表情が写し出されている切ないシーンです。
特にドクターストレンジは未来の結果がどうなるか知っていただけに、勝つためとはいえ社長に頼らざるを得なかった無念さを噛み締めるような表情をしており、思い出すだけも泣けてしまうシーンです。
そんな凄いシーンなのですが、結論から言ってしまうと、これはお蔵入りになって正解だと思います。
「敬意を評して」がお蔵入りになった理由
社長への想いの大きさがバラバラ
最初に膝を付いたのはホークアイ(クリント・バートン)です。
ホークアイを始めキャプテンアメリカ、ソー、ハルクは初代アベンジャーズのメンバーであり、社長への想いはかなり大きなものでしょう。
彼らが膝を付いて悼むのは当然と言えます。
しかし他のメンバー、例えばスターロードやキャプテンマーベルなどは社長と出会ってからまだ日が浅いです。
「共に戦った仲間」くらいの認識はあるでしょうが、膝を付いて悼むほどの悲しみはあったのかどうかは微妙なところです。
正直なところ、「皆が膝付いてるから合わせておくか」くらいの感覚のように思えてしまいます。
なので、このシーンは全員を同じように膝を付かせてしまうのは少し不自然です。
次の葬式シーンがくどくなる
皆が膝を付くシーン自体はとても素晴らしいシーンですが、時間にして約2分であり、次に出てくる社長の葬式シーンがとてもくどく感じてしまいます。
葬式シーンがくどくなった結果、葬式シーンに全く重みがなくなってしまいます。
「じゃあ葬式シーンをカットすれば?」と思うかもしれませんが、葬式シーンには重要な意味が込められています。
葬式シーンには重大な存在意義がある
社長への想いの大きさを立ち位置で表現
社長への想いの大きさは、この葬式シーンで表現されています。
それは、それぞれの立ち位置です。
嫁であるペッパーや娘のモーガンは当然ながら一番前です。
その次にはキャプテンアメリカとソー、そしてドクターストレンジが並んでおり、あとの人は適当な距離にいます。
想いが強い人が前の方にいて、後ろに行くにつれて想いが少しずつ弱くなっているイメージです。
非戦闘員にも社長の死を悼むシーンが必要
もし葬式のシーンがカットされて膝を付くシーンのみで終わっていたとしたら、社長の娘であるモーガンや側近のハッピー等が社長の死を悼むシーンを劇中で描けません。
社長自体は本来、自己犠牲を払おうとするキャラではありません。
しかも今は家族持ちで娘までいて、戦う前は「皆は助けたいが今の生活を壊したくない」と言っていました。
そんな社長が今回、皆を助けるために自分の命を犠牲にしてサノスを倒します。
当然家族のことも考えていたでしょう。
彼の死を悼むシーンはアベンジャーズのメンバーだけでなく、彼が命を懸けて守った家族にも必要です。
そう考えると葬式シーンははずすことが出来ません。
まとめ
「敬意を評して」のシーンは冷静に考えると不要であったと思います。
とても素晴らしくて泣けるシーンなのは間違いありません。
さすが興行収入歴代1位になった映画なだけに、監督もよく考えて作っているなと改めて感心させられました。
これからのMCUも楽しみにして今日という日を生きていきます!